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    今回書くことは前回の山行ともう一つあります。

    更新が遅れてしまって大変申し訳ございません。
    ではまず、山行から
    9月21日、22日にかけて私たちは日光白根山に行ってきました。
    各人は栗橋駅に集合して東武日光線に乗ることに、途中、乗り換えた列車には海外の方がたくさんいて日光が有名な観光地であることを思わせます。そして今回から新入部員の1年生のI君が山行に加わります。

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    東武日光駅につき、バスに乗って竜頭の滝まで、
    途中いろは坂で某漫画が好きなS君はとてもうれしそうにしていました。
    さて、竜頭の滝からは戦場ヶ原を散策して、湯元まで歩いていく予定ですが、せっかくなので竜頭の滝を少し見ることに、幾人かは中学校の頃林間学校で訪れたとのことを話していました。

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    ここから重度の花粉症のK君はフル装備で花粉メガネがサイバネティック?な感じがします。
    さて、これより戦場ヶ原に、自然散策路を少し進むと何やらゲートらしきものが、どうやら鹿対策のようです。
    やはり雲取山でもそうでしたが近年鹿による被害がすごいらしいですね。
    雲取山では木の幹を覆う黒の網を設置していましたが、戦場ヶ原を保護するがためにその場所自体を柵で覆ってしまうなんて豪快です。

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    (↑の爪痕は山行の帰りの時のものです。)

    何とも歩きやすい木道を進み、途中蝶の調査をしている人などにあったりしながら進み、湯滝を超えたら硫黄の匂いがしてきました。
    もう、すぐに湯元のキャンプ場です。

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    湯本のキャンプ場は何とも広く、下が草のじゅうたんでとても寝やすそう、これはテン場ではなく明らかにキャンプ場。ゆえに料金もいささかお高めです。
    明日の出発は早いので登山口散策班と炊事班に分かれて用意を、ここは水場が整備されており、水には困りません。
    今回、ネットで見た生卵の持って行きかたをみて、麩菓子をクッション材に卵ごとラップでくるみ、タッパーに入れ行きました。
    結果は、アルミホイルでくるんだ卵は割れてしまいましたが、ラップでくるんだのは全て割れていませんでした。
    アルミホイルは1つしかくるまなかったので偶然か否かは不明です。
    そしてその卵をゆで、夕食に添えました。

    次の日、朝食を取り終えてまだ太陽が顔を出さないうちか白根に登りはじめます。
    夜道は無論ヘッドランプをつけていますが、月が何とも明るくなかなか良い雰囲気を少し開けた草原の真ん中を歩きながら味わっていました。
    その時も束の間、登山口に入ると急こう配で木の根の階段やちょっとしたやぶ漕ぎなどを体験さしてくれます。
    また、地面が滑りやすくなっており転倒する人もしばしば。
    日が昇ってもそののぼりは続きましたが、それがそこはかとなく楽しく、登っている人の会話の内容がどんどん肥大していきました。
    前白根についたころはもう2300m以上なのでなかなか寒く、そのせいか、まだ9月だというのに周りの木々は色めいて、50%ほどな感じでした。

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    下の避難小屋で一本取っているときに夏山の時使わなかったこれぞ利器というα米に水を投入、これが結構美味しく、普通のごはんにも引けを取らないから不思議です。
    そしてそれをサブザックに入れながらまた白根山へと歩みを進めました。
    白根山は北岳のようになだらかな山ではなく、さしずめ槍ヶ岳のような感じで、さほど危険ではありませんが二つほどの岩崖ができていました。

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    景色は素晴らしく、下の池などがとてもきれいです。
    帰りは五色山のほうを通って帰りました。
    日光には池が多く、普通の山とは異なっています。
    五色山を過ぎると、道がえぐられていて、1m弱の崖ができていたり両側が土の道になっていたりと、千変万化で飽きが来ません、しかしのぼりと考えると少し辛そうです。
    そして、無事下りおえ、湯元からバスに乗って東武日光へ帰りました。


    もう一つは一週間前まで一週間、熊谷高校はNZからの留学生が来ていました。
    昨年NZに行っていた当部活のI君は今年はその留学生のホストファミリーとしてJ君を迎え入れていました。
    私たちの部活に2日間だけ加わり、あまり言葉は通じなくても案外意志は疎通できると実感しました。
    サッカーを行ったり、一緒に食事に行ったりなどして、本当に短い期間でしたけどとても楽しんでくれたらしく、とても嬉しく思います。

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    今月は山行はありませんが、来月は双子山にOB小屋の清掃などを行いに行きます。
    囲炉裏などがあり、みんなで談笑するのがとても楽しい場所です。
    7月26日より私たちは南アルプスに夏季登山へ行ってきました。今季の一大イベントです。
    朝早くより高崎線を乗り継いでスーパーあずさに、そして甲府駅に着きました。
    甲府市は盆地であり、また気温35度以上の日が多く40度台をたたき出すことも、、、40.9度をこされるとしたらここ地が有力というため視察に私たちは甲府市に降り立ちました。降り立つと熱気が立ち込め、やはり並ならぬ暑さを持っており強敵だとすぐにわかりました。
    余談はさておき、バスに揺られ約2時間、、、どうやら幾人かの人は酔いが酷かったらしいです。
    広瀬河原につき小休止をとり、白根御池まで向かいます。ここから白根御池、及び北岳までは1500m以上一気に登ってしまいます。
    広瀬河原から大樺沢沿いに行くルートを進む途中、いくつか崩壊しているところは昔ルートだったらしく、渓谷を歩いているため木々に入るまでは小さな崩壊地がいくつか見えました。
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    3ピッチほどで二俣へ着き、白根御池のほうへ戻るルートを進んでいきました。地図上では等高線沿いのルートなので起伏はないだろうと私たちは予想していましたが、実際はアップダウンが多量にあり、また木々の間を進んでいくのでほぼ進むことは作業と化していました。
    やっと白根御池につき、テントを張り、食事を作っていると雨が降り始めました。雨の場は幾度もくぐってきた我が山岳部であるが故、グラウンドを必要以上の枚数でテントの防水もほぼ完ぺきだったため大事には至りませんでした。
    (最近の山行は雨が降らないことがまれ{今季は新歓のみ}だったので2年生の中に雨男がいるとかなんとか)
    そんな中、強行して水場近くのところへ踏み出す部員が数人、彼らはI君の信条に賛同してついてきた人たち(ほぼ全員)で、そのポリシーは「山でいかに優雅に過ごすか」というものです。そこで確認はココアなどのいわゆる個人装備の嗜好品の類を持ち寄って嗜んでいました。蛇足ですがほかの人の信条には「山でいかに心地よく寝るか」や、「いかにザックの重さを軽減するか」「いかに美しいパッキングを施すか」などがあります。
    今日の山行での一番驚いたことはM君こと部長のいとこの方とすれ違ったということです。

    27日は草すべりより北岳を目指します。
    晴れた明朝、白根御池を出て登っていくルートは蛇行しており、その急さを思い知らされました。
    朝日のせいで部員たちの格好よさ?が30%増しになっていたときのことです。30分くらい登っているとあたりが完全に明るくなり振り返るとその下には白根御池、そして向かい側の山を見渡すと、鳳凰三山がはっきりと雪渓まで見えてかのオベリスクがどこかということさえもわかるほどでした。
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    500mの直登も難なく超えた私たちは小太郎尾根分岐より肩の小屋を目指して進んでいました。
    もうすでにH気候に達したため下界と比べ異様な涼しさで、一本取っているときは寒ささえ感じ長袖を取り出す人さえもいました。
    肩の小屋からは北岳まではすぐにつきます。
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    北岳は日本で2番目に高い山で昨年は5番目の槍ヶ岳に登頂してきた2年生軍団は去年と比べて危険な個所が少なく、もしかしたらいささか物足りなさも感じたかもしれません。そして残念なことに北岳に着いた時にはあたりがガスっており、3000m越えからの眺望はいただけませんでした。
    次のテン場の北岳山荘山荘に向かい降りているとガスがなくなってき、雷鳥にも会い、山荘に着くころにはすっかりと晴れていました。北岳には依然としてガスが掛っていましたが、テン場より北岳小屋のほうを覗き込むとそれはもう息をのむ美しさでした。
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    そんな中問題が発生しました。1年生の一人がどうやら調子が悪いらしく受診することに、、、
    不安が過る中、テントが飛ばされないように必死に支え、石を探しペグを打ち込んでいました。
    結果は軽度の高山病。大事ではないようでよかったですが、体調を考え明日北岳側へ引き返すことに。
    少し景色を堪能してからテントに戻ると、同じテントである部長が地図を開きながら険しい顔をしていたかと思うと小さな嗚咽をもらして、行きたかった...と。

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    3日目、調子がすぐれない人が2,3人出てきたため、それ以外の人はせめて中白根山までピストンすることに。
    ここも3000m超えなのでなかなか良い眺望が味わえました。
    中でも北岳を背に青く澄み渡った朝空には本当ならば行ったのであろう間ノ岳や塩見岳が見え、その姿を見て憧憬することしかできませんでした。
    中白根を下り、北岳山荘を後にした私たちは北岳の手前で八本歯のコルへトラバースすることとなりました。
    北岳の稜線はいくつもの登山道らしきものが見え、迷いやすいところです。
    なんとか迷うこともなく八本歯へのトラバース道に入れましたが、そこはなかなかの絶壁で恐らく今回の参考での恐怖度では1、2、を争うであろうところで、1年生は特に槍を行っていないため恐ろしかったろうと思います。
    ときに、八本歯のコルは果たして本当に“八本歯”であるのか?その疑問を解決すべく向かったのはT君。彼曰く、七本は確実にあったが八本目を“そこの”岩にするか迷ったそうです。是非八本歯に来た方は歯のような岩の本数を数えてってください。ついでながら北岳を背にして向かい側のピークをボーコン沢ノ頭との言いますが、このボーコンなのですが漢字では亡魂と書くらしいです。恐ろしいですね。
    八本歯のコルからは左俣コースをたどって広河原にエスケープする予定です。
    左俣は急なコースで狭い。それゆえ下から来た団体さんとすれ違うのがやっとでした。
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    暫く降りたでしょうか、なかなか八本歯から見えていた雪渓にはたどり着かずひたすら下っていきました。1:10が理論上のアルバイトですが、それを過ぎてもコースの半分まで行かなかったと思います。
    やっとの思いでたどり着いた雪渓場、そこは雪渓の上にコースが、雪渓のわきにコースが、そのコースの上に赤布がと、いう状態で曰く雪渓で完全に隠れた時などでコースがわかれるそうです。先頭だった人はコースサーチお疲れ様でした。何しろアイゼンやスノーシューの類がないものですからなるべく雪渓を歩かないようにしていました。
    ふと横を見てみると雪渓を滑っている人が居ました。グリセードというらしいですね、私たちが30分くらいかけて降りて行ったその横を矢のように滑っていきました。
    と、ここでなんと石に乗っていた部長が石ごと落ち、数メートル下へ。雪渓を転がっていくところでしたが流石は部長、うまくコントロールをし立て直すことができました。後から聞いた話によるとその瞬間は全く覚えてなく妙に落ちていくときはゆっくりと時がたっていたそうです。
    どうやら1時間前後で着くだろうと思っていた八本歯では、それは希望的観測だったらしくそのことに気付いたのはもう時間を計るのがわからなくなってしまってからでした。
    体内時計では4時間、、、そのくらい時間をかけ、やっと二俣へでた私たちはもう疲れてしまい、1年生の一人は膝を悪くしてしまったらしく顧問が用意していたストックを使うことに、私たちの膝も恐らく笑っていたでしょう。
    そこからは比較的下りのため楽な道で、何しろ森林限界から抜け出してしまったために木々に囲まれて仕舞には絶対に喋ってはならない遊びをするほどでした。
    ぽつぽつと雨が滴る中、黙々と歩きついに広河原へ出てここで1泊することになりました。
    豪勢に作れ、その顧問の一言で動き出した私たちですが、それは残り3日の食材を使って夕食を作ること、これは食担のメニュー作成における真価が発揮されます。
    出来上がったものがこちら、マーボー春雨に何かを入れた、、、、、、申し訳ございません。詳しくは覚えてません。おかずは美味しかったのですが二年生VS一年生で二つ炊いたうちの一つのご飯がカーボン化してしまいました。これはしっかりと指導し損ねた結果として受け止めておきます。
    残念ながらBTまで電波を探しに行きましたが見つかりませんでした。

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    最終日、朝ごはんのご飯炊きの再戦で2年生の曰く付の代表で戦ったところ1年生もほどほどにうまく炊けていました。食事を終わりさて、テントを片すかなと思ったところ激しい雨が襲ってきました。なかなかうまくテントをたためないところ、テントを袋にしまうプロと言われているK君に任せたところ素晴らしい腕前で袋にしまい終わりやはり彼の腕は素晴らしいと部員が絶賛していたことを覚えています。
    行きはバスできましたが、帰りはタクシーで。やはり酔いは変わらないらしく酔う人と酔わない人で態度が二極分化されていました。温泉に浸かるために一時夜叉神の温泉へ1時間ほどとまり、そして甲府へ。
    帰りは鈍行を乗り継いで新宿で解散でした。ここからのルートは各人によって分かれます。
    7月6日の朝、私たちは秩父鉄道に乗り陣見山へ※1歩荷へ行ってきました。
    電車内ですでに気づいてはいましたが、波久礼駅に着いた私たちは1人来ていませんでした。1月あたりからラグビー部と掛け持ちを始め、久々に山行に来られたD氏が早急にK君の携帯にかけるも出ず、、、そこで自宅にかけてみると時間を間違えていたらしく寝てるとのことで、早々に強化山行から離脱したものが現れました。

    気を取りなおし液体が詰まった重いザックを抱え、寄居のかんぽの宿方面の急坂を上っていきました。
    すでにもう一部の人は歩みが遅くなっており、1、2人はやっと地面が土に変わったところで背中の重りに耐え切れず素面なのに千鳥足でした。1年のT君は小柄なせいもあり、自分の半分以上くらいのザックを背負っていたため、急な登りで滑ってしまい起き上がり難くなっていましたがまだ行けると、その気力に感服し、登り続けさしたところ休憩数本は粘ってくれました。
    さて、スキー以来のD氏の登場でラグビー部からどのように影響を受けたか気になっていましたところ、昨年とは打って変わって体力が大幅にアップ、いや驚異的な体力で難なくと登っていました。

    もう一つ、これは電車内では気づきませんでした。登っている時、※2私たちが歌いながら登っていると、後ろより速足で登ってくる音が聞こえ、聞き覚えのある声がしたかと思うと、そこにいたのは二人目の顧問でした。これまた驚異的と言っていい速さなのかもしれません。

    登りと下りが続く中、私たち2年の人々は山頂までの距離を疑う頃になってきました。もちろん昨年と同じコースですが、それと記憶のコースは異なっており、これ登ったらもう頂上だっけ?いや、どうかな?という会話を上り3回はしたことを覚えています。
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    やっとたどり着いた頂上より数十メートル進むと、道路があります。免許も持ってないのにもかかわらず、えっ?ここ、道つながっているじゃん。。。という会話を1年生がしているのを聞いて去年そんなことを言っていたなと、その時思わず回顧してしまいました。
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    何はともあれようやく歩荷が終わり、昼食を山頂でいただきました。

    夏山は南アルプスへ26日に出発しますので、詳細は次回のに書かせていただきます。

    (※1ここでは、水をタンクに詰めて背負い負荷をかけること)
    (※2熊高山岳部にての通称は山カラ)

    P.S.
    6月から新しい1年生が入部し、これで1年生は5人。昨年も一昨年もこのころに一人入っています。これもまた、熊高の山岳部の今後、十年一日のごとくになっていくのでしょうか。
    二度あることは三度あるということを実感しました。

    6/15の土曜日、私たちはザックを背負って通学しました。というのも、本日の熊谷高校は午前授業でいわゆる半ドンで、午後に谷川岳へ行くためです。
    (以前、下書きのまま保存していたため投稿が遅れました)
    授業の終了の鐘が鳴ると足早にクラスを去り、13時の高崎線で水上に向かいました。
    3割くらいの人は土合で降りて、モグラ駅といわれる階段を上ってみたいというのでしたが、曰く大多数は土合駅からロープウェイ乗り場まで距離があるため水上からバスで行くということなのでバスで行きました。
    一日目は一の倉沢で幕営をしたのですが、前回の雲取を彷彿とさせるような雨でしたが、今回は前回の反省を生かして防水スプレーをテントにかけました。また、今回より諸先輩が引退したため、我々2年生が仕切ることとなりました。
    二日目に厳剛新道から登りました。昨晩からの雨は小雨になり、ラクダのコルまでにはすっかり晴れました。昨年はここで天候が悪かったため引き返しましたが、今回は初めてコルから先を上ります。登り口からコルまでもそうでしたが、コルから先もガレ場が多く下を見ると登山道からちょうど雲と空が分かれていました。
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    登っていくこと数時間、とうとう双耳峰にたどり着くというところに行く手を残雪が阻んでいました。もしこの上で滑ったらやや急な雪の上を転げて谷のほうに落ちて行ってしまいそうです。
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    無事に双耳峰を踏んで帰り際、下っている途中にK君が道を踏み外して落下。と思いきや両足が宙に浮いたと同時にT君が腕をキャッチしました。ファインプレーです。
    また、私がトップを務めているときに、道を間違えてしまいましたが、後ろ寄りの人が気づき、大事には至りませんでした。
    コルから下は登っていくときもありましたが、一年生には初めての鎖場。登りは三点支持も比較的できておりましたが、下りではやはり怖いらしくやや降りるのに苦労していたことが見受けられました。

    下りの時一年生のH君がどうやら足が痛いのか調子が悪いのか、ペースを遅らせてゆっくりと下山しました。

    今回の山行ではやはりパーティーの重要性を改めて感じました。
    谷川岳という件に関しては、この季節虫よけは必須です。標高が上がっていくとともに休んでいるときに虫がたくさんやってきます。もし、今の
    時期や夏に行く方はスプレーなどつけて行ったほうがベターかもしれません。


    13日に帰ってきて、もう明日は中間試験となってしまいました。

    さて、今回の学徒は、実は山行の四日前に企画し、急遽作った部Tでみんな行きました。
    1日目は三峰口から降りたらもう小雨が降っており、早々にゴアテックスを着て開会式に臨みました。
    途中止んだりしましたが、幕営地につくころには再び雨が降っており、食事を終えテントで寝ようと思ったら2に感もかけてシュラフにゆっくりと水が浸水てくるではありませんか。銀マットとテント下をまさぐってみるとそこには紛れもなく水たまりが、、、仕方がなくまたゴアテックスを着てシュラフに潜り込みましたが、翌朝シュラフは下が完全に湿っており、袋にしまったら水滴で色が変わってまるでなんかのオブジェクト?モニュメント?のようでした。

    2日目は雲取まで登ります。大陽寺を抜けたころガスっていたせいか、木々の隙間から差し込む木漏れ日がガスっている水蒸気に投影され、いわゆるカーテン状になっていました。

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    登っている途中、霧藻ヶ峰のあたりで1年生が1人ややバテ気味になってしまい荷物の解体&止む無く芋ノ木ドッケのピークを断念し巻いて雲取山まで何とかつきました。

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    私たちの高校は人数が多いため一番山荘から遠いところでした。ふと食事を作っていると鹿がが現れ、一心不乱に笹上の草、木の皮を警戒しているのかこちらの様子ちょくちょく見ながらを食べていました。そこでする事といえばアテレコ。2年生5,6人で集まって、動画をとられていたとは知らず童心に帰っていた瞬間だったかもしれません。

    3日目は霧藻ヶ峰から分岐してビジターセンターに下って行きました。やけに天気がいいなと思うと下界には一面の海が、そう雲海です。360°見渡せば下が真っ白でまるでリアス式海岸のようでした。

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    予想外に早くつき、パワースポットと名高い三峯神社を探索に。お参りしてからご神木に触れると活力がもらえるとか。
    今年活力をもらったら全力で遊んでしまうと思い、自粛しました。

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    バスで帰るのですが、ここで少し問題が。20人という人数を後半のほうだったためか乗り切れなかったため、2台が同時に出発するの10,10に分けて乗り込むことに。一部はわかっていましたが片一方は三峰口行、もう一つは西武秩父行で結局、自由解散となりました。
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